ま黙って立っている。庭の池を見ている様子であった。僕はベッドに腰かけて、さっそく食事をはじめた。あたらしい男は、おかずに不服を言わないものである。きょうのおかずは、めざしと、かぼちゃの煮つけだ。めざしは頭からバリバリ食べる。よく噛《か》んで、よく噛んで、全部を滋養にしなければならぬ。
「ひばり。」と音声の無い、呼吸だけの言葉で囁《ささや》かれて、顔を挙げたら、竹さんは、いつのまにか、両手をうしろに廻《まわ》して窓に寄りかかってこちら向きになっていて、そうして、あの特徴のある微笑をして、それから、やっぱり呼吸だけのような極めて低い声で、「マア坊が泣いたって?」
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「うん。」僕は普通の声で返辞した。「なやみがあると言ってた。」よく噛んで、よく噛んで、きれいな血液を作るのだ。
「いやらしい。」竹さんは小さい声で言って顔をしかめた。
「僕の知った事じゃない。」あたらしい男は、さっぱりしているものだ。女のごたつきには興味が無いんだ。
「うち、気がもめる。」と言って、にっと笑った。顔が赤い。
僕は、少しあわてた。ごはんを、なま噛みのまま呑《の》み込んでしまった。
「たんと食べえよ
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