いと思っていたら、そんなにはっきり、ぬけぬけと言えるものではない。僕にだってそれくらいの機微は、わかっているさ。僕は、黙っていた。すると、また小声で、
「なやみが、あるのよ。」
 と来た。僕は、びっくりした。なんてまあ、まずい事を言うのだろう。うんざりした。「鈴虫が鳴いている」が、これで完全にマイナスになった。低能なんじゃないかしらと疑った。まえからどうも、あの笑い方は白痴的だと思っていたが、さては、ほんものであったか、などと考えているうちに、気持も軽くなって、
「どんな悩みが、あるんだい。」と馬鹿《ばか》にし切った口調で尋ねることが出来た。

     2

 答えない。かすかに鼻をすすった。横目でそっと見ると、なんだ、かれは泣いているのだ。いよいよ僕は呆《あき》れた。よく笑うひとは、またよく泣くひとではないか、などときのう僕は君に書いてやったが、そんな出鱈目《でたらめ》の予言が、あまりあっけなく眼前に実現せられているのを見ると、かえってこっちが気抜けしていやになる。ばかばかしいと思った。
「つくしが退場するんだってね。」と僕は、からかうような口調で言った。事実、そんな噂《うわさ》が
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