合いは、強くも無し弱くも無し、一ばん上手で、そうして念いりだし、いつも黙って明るく微笑んで愚痴も言わず、つまらぬ世間話など決してしないし、他の助手さんたちから、ひとり離れて、すっと立っている感じだ。このちょっとよそよそしいような、孤独の気品が、塾生たちにとって何よりの魅力になっているのかも知れない。何しろ、たいへんな人気だ。越後獅子《えちごじし》の説に拠《よ》ると、「あの子の母親は、よっぽどしっかりした女に違いない」という事である。或《ある》いは、そうかも知れない。大阪の生れだそうで、竹さんの言葉には、いくらか関西|訛《なま》りが残っている。そこがまた塾生たちにとって、たまらぬいいところらしいが、僕は昔から、身体《からだ》の立派な女を見ると、大鯛《おおだい》なんかを思い出し、つい苦笑してしまって、そうして、ただそのひとを気の毒に思うばかりで、それ以上は何の興味も感じないのだ。気品のある女よりも、僕には可愛《かわい》らしい女のほうがよい。マア坊は、小さくて可愛らしいひとだ。僕は、やっぱり、あのどこやら不可解なマア坊に一ばん興味がある。
マア坊は、十八。東京の府立の女学校を中途退学して、
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