わなければよかったと思った。

     7

「そんな時代に、なったかなあ。」花宵先生は、タオルで鼻の頭を拭《ふ》いて、仰向けに寝ころがり、「とにかく早くここから出なくちゃいけない。」
「そうです、そうです。」
 僕は、この道場へ来てはじめて、その時、ああ早く頑丈《がんじょう》なからだになりたいとひそかに焦慮したよ。もったいない事だが、天の潮路を、のろくさく感じた。
「君たちは別だ。」と先生は、僕のそんな気持を、さすがに敏感に察したらしく、「あせる事はない。落ちついてここで生活していさえすれば、必ず、なおる。そうして立派に日本再建に役立つ事が出来る。でも、こっちはもう、としをとってるし、」と言いかけた時に、娘さんがどうやら活花を完成させたらしく、
「まえよりかえって、わるくなったようですわ。」と明るい口調で言い、父のベッドに近寄り、こんどは極めて小さい声で、「お父さん! また、愚痴を言ってるのね。いまどき、そんなの、はやらないわよ。」ぷんぷん怒っている。
「わが述懐もまた世に容《い》れられずか。」越後はそう言って、それでも、ひどく嬉しそうに、うふうふと笑った。
 僕もさっきの不覚の焦
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