いうばかりで、ひばりさんなんて変に親しげな呼び方をした事は一度も無かったのだ。

     6

 娘さんは、僕のところへ、つくだ煮を持って来た。
「いれものが、ございますかしら。」
「はあ、いや、」僕は、うろたえて、「そこの戸棚《とだな》に。」と言いながら、ベッドから降りかけたら、
「これでございますか?」娘さんは、しゃがんで僕のベッドの下の戸棚から、アルマイトの弁当箱を取り出した。
「はあ、そうです。すみません。」
 ベッドの下にうずくまって、つくだ煮をその弁当箱に移しながら、
「いま、おあがりになります?」
「いいえ、もう、食事はすみました。」
 娘さんは弁当箱をもとの戸棚に収めて立ち上り、
「まあ、綺麗《きれい》。」
 と君が滅茶苦茶《めちゃくちゃ》に投げ入れて行ったあの菊の花をほめたのだ。君があの時、竹さんに直してもらえ、なんて要らない事を言ったので、なんだか竹さんに頼むのも、てれくさくなって、また、マア坊に頼むのも、わざとらしいし、あの花は、ついあのままになっていたのだ。
「きのう友人が、いい加減に挿《さ》して行ったのです。直してくれるひとも無いし。」
 娘さんは、ちらと越
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