ってすぐ右手の「桜の間」だ。「新緑の間」だの「白鳥の間」だの「向日葵《ひまわり》の間」だの、へんに恥ずかしいくらい綺麗《きれい》な名前がそれぞれの病室に附せられてあるのだ。
「桜の間」は、十畳間くらいの、そうしてやや長方形の洋室である。木製の頑丈《がんじょう》なベッドが南枕《みなみまくら》で四つ並んでいて、僕のベッドは部屋の一ばん奥にあって、枕元の大きい硝子窓《ガラスまど》の下には、十坪くらいの「乙女ヶ池」とかいう(この名は、あまり感心しないが)いつも涼しく澄んでいる池があって、鮒《ふな》や金魚が泳いでいるのもはっきり見えて、まあ、僕のベッドの位置に就いては不服は無い。一番いい位置かも知れない。ベッドは木製でひどく大きく、ちゃちなスプリングなど附いていないのが、かえってたのもしく、両側には引出しやら棚《たな》やらがたくさん附いていて、身のまわりのもの一切をそれにしまい込んでも、まだ余分の引出しが残っているくらいだ。
同室の先輩たちを紹介しよう。僕のとなりは、大月松右衛門《おおつきまつえもん》殿だ。その名の如《ごと》く人品こつがら卑《いや》しからぬ中年のおっさんだ。東京の新聞記者だとか
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