、それよりも、君とマア坊が、まるで旧知の間柄《あいだがら》のように、にこにこ笑って並んで歩いて来たのを見て、仰天したのだ。お伽噺《とぎばなし》のような気がした。これと似たような気持を、僕は去年の春にも、一度味わった。
去年の春、中学校を卒業と同時に肺炎を起し、高熱のためにうつらうつらして、ふと病床の枕元《まくらもと》を見ると、中学校の主任の木村先生とお母さんが笑いながら何か話合っている。あの時にも、僕は胆《きも》をつぶした。学校と家庭と、まるっきり違った遠い世界にわかれて住んでいるお二人が、僕の枕元で、お互い旧知の間柄みたいに話合っているのが実に不思議で、十和田湖《とわだこ》で富士を見つけたみたいな、ひどく混乱したお伽噺のような幸福感で胸が躍った。
「すっかり元気そうになったじゃないか。」と君が言って、僕に花束を手渡して、僕がまごついていたら君は、マア坊に極めて自然の態度で、
「粗末な花瓶《かびん》で結構ですから、ひばりに貸してやって下さい。」と頼んで、マア坊は首肯《うなず》いて花瓶を取りに行って、僕は、まあ、本当に夢のようだったよ。何がなんだか、わからなくなって、
「マア坊を前から
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