うも、あの時の孔雀の、小さいせきばらいを一つして、さて、「私こと」と言い出したところは、なんとも、よろしくて、忘れられないものだった。「私こと」以外の綽名は、色あせて感ぜられる。
5
七時の摩擦の時には、キントトと、マア坊と、カクランと、竹さんが、それぞれ金盥《かなだらい》をかかえて「桜の間」にやって来た。竹さんは、澄まして、まっすぐに僕のところに来た。キントトと、マア坊は、このたびのお化粧の注意人物として数え挙げられていたのであるが、その夜、僕たちの部屋へやって来た時の様子を見るに、髪の形などちょっと変わったようにも見えるが、しかしまだ何だかお化粧をしているようだ。
「マア坊は、まだ口紅をつけてるようじゃないか。」と僕は小声で竹さんに言ったら、竹さんは、シャッシャッと摩擦をはじめて、
「あれでも、ずいぶん、拭《ふ》いたり洗ったりして大騒ぎや。いちどに改めろ言うても、それぁ無理。若いのやさかい。」
「竹さんの働きは、大したものだね。」
「まえに、場長さんからも、幾度となく御注意があったんや。きょうの事務所からの放送を、場長さんもお聞きになって、いい御機嫌《ごきげん》やっ
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