あの八月十五日の朝が白々と明けていた。
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でも僕は、その日もやっぱり畑に出たのだ。それを聞いては、流石《さすが》に君も苦笑するだろう。しかし君、僕にとっては笑い事じゃ無かった。本当にもうそれより以外に僕の執るべき態度は無いような気がしていたのだ。どうにも他に仕様が無かった。さんざ思い迷った揚句《あげく》の果に、お百姓として死んで行こうと覚悟をきめた筈ではないか。自分の手で耕した畑に、お百姓の姿で倒れて死ぬのは本望だ。えい、何でもかまわぬ早く死にたい。目まいと、悪寒《おかん》と、ねっとりした冷い汗とで苦しいのを通り越してもう気が遠くなりそうで、豆畑の茂みの中に仰向に寝ころんだ時、お母さんが呼びに来た。早く手と足を洗ってお父さんの居間にいらっしゃいという。いつも微笑《ほほえ》みながらものを言うお母さんは、別人のように厳粛な顔つきをしていた。
お父さんの居間のラジオの前に坐《すわ》らされて、そうして、正午、僕は天来の御声に泣いて、涙が頬を洗い流れ、不思議な光がからだに射し込み、まるで違う世界に足を踏みいれたような、或《ある》いは何だかゆらゆら大きい船にでも乗せられたような
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