つもより一時間以上も早く起きて、さっさと蒲団《ふとん》を畳んで、ごはんも食べずに畑に出てしまった。そうして滅茶苦茶に畑仕事をした。今から思うと、まるで地獄の夢のようだ。僕は勿論、この病気の事は死ぬまで誰にも告白せずにいるつもりだった。誰にも知らせずに、こっそりぐんぐん病気を悪化させてしまうつもりであった。こんな気持をこそ、堕落思想というのだろうね。僕はその夜、お勝手に忍び込んで、配給の焼酎《しょうちゅう》をお茶碗《ちゃわん》で一ぱい飲みほしちゃったよ。そうして、深夜、僕はまた喀血をした。ふと眼覚めて、二つ三つ軽く咳をしたら、ぐっと来た。こんどは便所まで走って行くひまも無かった。硝子戸《ガラスど》をあけて、はだしで庭へ飛び降りて吐いた。ぐいぐいと喉《のど》からいくらでも込み上げて来て、眼からも耳からも血が噴き出ているような感じがした。コップに二杯くらいも吐いたろうか、血がとまった。僕は血で汚れた土を棒切れで掘り返して、わからないようにした、とたんに空襲警報である。思えば、あれが日本の、いや世界の最後の夜間空襲だったのだ。朦朧《もうろう》とした気持で、防空壕《ぼうくうごう》から這い出たら、
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