か、僕も一緒に泣きたくなって来た。
「マア坊。」と呼ぶ僕の声は、ふるえていた。「そんなに、つくしを好きなのか。僕だって、つくしを好きだよ。あれは、やさしい、いい人だったからな。マア坊が、つくしを好きになるのも無理がないと思うんだ。泣け、泣け、うんと泣け。僕も一緒に泣くぜ。」
 どうしてあんな気障《きざ》な事を言ったのだろう。いま考えてみると夢のような気がする。僕は泣こうと思った。しかし、ちょっと眼頭《めがしら》が熱くなっただけで、涙は一滴も出なかった。僕は眼を大きく※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、洗面所の窓からテニスコートの黄ばみはじめた銀杏《いちょう》を黙って眺めていた。
「早く、」いつの間にやらマア坊が、僕の傍《そば》にひっそりと立っていて、「お部屋へお帰り。人に見られると、わるいわ。」と気味のわるいほど静かな、落ちついた口調で言った。
「見られたってかまわない。悪い事をしているわけじゃないんだ。」そう言いながら、僕の胸は妙に躍った。
「とんまねえ、ひばりは。」と僕と並んで洗面所の窓からテニスコートのほうを眺めながら、ひとり言のように、「ひばりが来てから、道
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