文章ヲ研究シ、シカシテ、我輩ノ答ヲ、我輩ノ能力ノ最大ヲ致シテ書キシタタメルデアロウ。
君ノ健康ヲ熱烈ニ祈ル。我輩ノ貧弱ニシテ醜悪ナル文章ヲ決シテ怒リ給ウナ。
3
つくしのあの奇怪にして不可解な手紙に較《くら》べて、このほうは流石《さすが》にちゃんと筋道がとおっている。けれども僕は、読みながら可笑《おか》しくて仕様が無かった。固パン氏が、通訳として引っぱり出される事をどんなに恐怖し、また、れいの見栄坊《みえぼう》の気持から、もし万一ひっぱり出されても、何とかして恥をかかずにすまして、助手さんたちの期待を裏切らぬようにしたいと苦心|惨憺《さんたん》して、さまざま工夫をこらしている様《さま》が、その英文に依《よ》っても、充分に、推察できるのである。
「まるでもうこれは、重大な外交文書みたいですね。堂々たるものです。」と僕は、笑いを噛《か》み殺して言った。
「ひやかしちゃいけません。」と固パンは苦笑して僕からその便箋をひったくり、「どこか、ミステークがなかったですか?」
「いいえ、とてもわかり易《やす》い文章で、こんなのを名文というんじゃないでしょうか。」
「迷うほうのメイブンでしょう?」と、つまらぬ洒落《しゃれ》を言い、それでも、ほめられて悪い気はしないらしく、ちょっと得意げな、もっともらしい顔つきになり、「通訳となると、やはり責任がね、重くなりますから、僕は、それはごめんこうむって筆談にしようと思っているんですよ。どうも僕は英語の知識をひけらかしすぎたので、或いは、通訳として引っぱり出されるかも知れないんです。いまさら逃げかくれも出来ず、やっかいな事になっちゃいましたよ。」と、いやにシンミリした口調で言って、わざとらしい小さい溜息《ためいき》を吐《つ》いた。
人に依っていろいろな心配もあるものだと僕は感心した。
嵐のせいであろうか、或いは、貧しいともしびのせいであろうか、その夜は私たち同室の者四人が、越後獅子の蝋燭の火を中心にして集り、久し振りで打解けた話を交した。
「自由主義者ってのは、あれは、いったい何ですかね?」と、かっぽれは如何《いか》なる理由からか、ひどく声をひそめて尋ねる。
「フランスでは、」と固パンは英語のほうでこりたからであろうか、こんどはフランスの方面の知識を披露する。「リベルタンってやつがあって、これがまあ自由思想を謳歌《おうか》してずいぶんあばれ廻ったものです。十七世紀と言いますから、いまから三百年ほど前の事ですがね。」と、眉《まゆ》をはね上げてもったいぶる。「こいつらは主として宗教の自由を叫んで、あばれていたらしいです。」
「なんだ、あばれんぼうか。」とかっぽれは案外だというような顔で言う。
「ええ、まあ、そんなものです。たいていは、無頼漢《ぶらいかん》みたいな生活をしていたのです。芝居なんかで有名な、あの、鼻の大きいシラノ、ね、あの人なんかも当時のリベルタンのひとりだと言えるでしょう。時の権力に反抗して、弱きを助ける。当時のフランスの詩人なんてのも、たいていもうそんなものだったのでしょう。日本の江戸時代の男伊達《おとこだて》とかいうものに、ちょっと似ているところがあったようです。」
「なんて事だい、」とかっぽれは噴き出して、「それじゃあ、幡随院《ばんずいいん》の長兵衛《ちょうべえ》なんかも自由主義者だったわけですかねえ。」
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しかし、固パンはにこりともせず、
「そりゃ、そう言ってもかまわないと思います。もっとも、いまの自由主義者というのは、タイプが少し違っているようですが、フランスの十七世紀の頃のリベルタンってやつは、まあたいていそんなものだったのです。花川戸《はなかわど》の助六《すけろく》も鼠小僧次郎吉《ねずみこぞうじろきち》も、或いはそうだったのかも知れませんね。」
「へええ、そんなわけの事になりますかねえ。」とかっぽれは、大喜びである。
越後獅子も、スリッパの破れを縫いながら、にやりと笑う。
「いったいこの自由思想というのは、」と固パンはいよいよまじめに、「その本来の姿は、反抗精神です。破壊思想といっていいかも知れない。圧制や束縛が取りのぞかれたところにはじめて芽生える思想ではなくて、圧制や束縛のリアクションとしてそれらと同時に発生し闘争すべき性質の思想です。よく挙げられる例ですけれども、鳩《はと》が或る日、神様にお願いした、『私が飛ぶ時、どうも空気というものが邪魔になって早く前方に進行できない、どうか空気というものを無くして欲しい』神様はその願いを聞き容《い》れてやった。然《しか》るに鳩は、いくらはばたいても飛び上る事が出来なかった。つまりこの鳩が自由思想です。空気の抵抗があってはじめて鳩が飛び上る事が出来るのです。闘争の対象の無い自由思想は、まるでそれこ
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