な恐るべき手紙をものするとは、全く、神か魔かと疑ってみたくなるくらいだ。とにかく、なんとも、ひどいんだ。
それでは、きょうは一つその偉大なる書翰に就いてちょっと書いてみましょう。
けさは、道場で秋の大掃除がありました。掃除はお昼前にあらかたすんだけれど、午後も日課はお休みになって、そうして理髪屋が二人出張して来て、塾生《じゅくせい》の散髪日という事になったのです。五時|頃《ごろ》、僕は散髪をすまして、洗面所で坊主頭《ぼうずあたま》を洗っていると、誰《だれ》か、すっと傍《そば》へ寄って来て、
「ひばり、やっとるか。」
マア坊である。
「やっとる、やっとる。」僕は、石鹸《せっけん》を頭にぬたくりながら、頗《すこぶ》るいい加減の返辞をした。どうも、このごろ、このきまりきった挨拶《あいさつ》の受け答えが、めんどうくさくて、うるさくって、たまらないのである。
「がんばれよ。」
「おい、その辺に僕の手拭《てぬぐ》いが無いか。」僕は、がんばれよの呼びかけには答えず、眼をつぶったまま、マア坊のほうに両手を出した。
右手にふわりと便箋《びんせん》のようなものが載せられた。片目を細くあけて見ると、手紙だ。
「なんだい、これは。」僕は顔をしかめて尋ねた。
「ひばりの意地わる。」マア坊は笑いながら僕を睨《にら》んだ。「なぜ、よしきた、と言わないの。がんばれよ、と言われて、ようしきた、と答えない人は、病気がわるくなっているのよ。」
僕は、いやな気がした。いよいよ、むくれて、
「それどころじゃないんだ。頭を洗っているんじゃないか。なんだい、この手紙は。」
「つくしから来たのよ。おしまいの所に、歌が書いてあるでしょう? その意味といて。」
石鹸が眼に流れ込まないように用心しながら、両方の眼を渋くあけて、その便箋のおしまいの所の歌を読んでみた。
相見ずて日《け》長くなりぬ此《この》頃は如何《いか》に好去《さき》くやいぶかし吾妹《わぎも》
つくしも、しゃれてると思った。
「こんなの、わからんかねえ。これは、万葉集からでも取った歌にちがいない。つくしの作った歌じゃないぜ。」やいたわけではないが、ちょっと、けちをつけてやった。
「どんな意味?」低く言って、いやにぴったり寄り添って来た。
「うるさいな。僕は頭を洗ってるんだ。後で教えてあげるから、手紙はその辺に置いといて、僕の手拭いを持っ
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