、僕は戦法をかえて、ことさらに竹さんをほめ挙げ、そうして、色気無しの親愛の情だの、新しい型の男女の交友だのといって、何とかして君を牽制《けんせい》しようとたくらんだ、というのが、これまでのいきさつの、あわれな実相だ。僕は色気が無いどころか、大ありだった。それこそ意馬心猿《いばしんえん》とでもいうべき、全くあさましい有様だったのだ。
3
君は竹さんを、凄《すご》いほどの美人だと言って、僕はやっきとなってそれを打ち消したが、それは僕だって、竹さんを凄いほどの美人だと思っていたのさ。この道場へ来た日に、僕は、ひとめ見てそう思った。
君、竹さんみたいなのが本当の美人なのだ。あの、洗面所の青い電球にぼんやり照らされ、夜明け直前の奇妙な気配の闇《やみ》の底に、ひっそりしゃがんで床板を拭《ふ》いていた時の竹さんは、おそろしいくらい美しかった。負け惜しみを言うわけではないが、あれは、僕だからこそ踏み堪《こた》える事が出来たのだ。他の人だったら、必ずあの場合、何か罪を犯したに違いない。女は魔物だなんて、かっぽれなんかよく言っているが、或いは女は意識せずに一時、人間性を失い、魔性のものになってしまっている事があるのかも知れない。
今こそ僕は告白する。僕は竹さんに、恋していたのだ。古いも新しいもありゃしない。
お母さんとわかれて、それから、膝頭《ひざがしら》が、がくがく震えるような気持で歩いて、たまらなく水が飲みたくなって、
「どこかで、少し休みたいな。」と言ったが、その声は、自分ながらおやと思ったほど嗄《しわが》れていて、誰か他の人が遠方で呟《つぶや》いている言葉のような感じがした。
「お疲れでしょう。もう少し行くと、あたしたちが時々寄って休ませてもらう家があるんですけど。」
大戦の前には三好野《みよしの》か何かしていたような形の家に、マア坊の案内ではいった。薄暗い広い土間には、こわれた自転車やら、炭俵のようなものがころがっていて、その一隅《いちぐう》に、粗末なテーブルがひとつ、椅子《いす》が二、三脚置かれている。そうして、そのテーブルの傍《そば》の壁には大きい鏡がかけられ、へんに気味悪く白く光っているのが印象深かった。この家は商売をよしても、やはり馴染《なじみ》の人たちには、お茶ぐらい出す様子で、道場の助手さんたちが外出した時には、油を売る場所になっているので
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