知ってるの?」と下手な質問さえ飛び出して、
「君の手紙で知ってるじゃないか。」
「そうか。」
 と二人で大笑いしたっけね。
「マア坊だって事、すぐにわかった?」
「ひとめ見てわかった。予想より、ずっと感じがいい。」
「たとえば?」
「しつこいな。まだ気があるんだね。予想してたほど、下品じゃない。ほんの子供じゃないか。」
「そうかしら。」
「でも、わるくない。骨の細い感じだね。」
「そうかしら。」
 僕は、いい気持だった。

     2

 マア坊が細長い白い花瓶を持って来た。
「ありがとう。」と君は受取り、無雑作に花を挿《さ》して、「これは後で、竹さんにでも挿し直していただくんだな。」
 と言ったが、あれは少し、まずかったぜ。君がすぐにポケットから、れいの小さい辞典を取り出してマア坊にあげても、マア坊はそんなに嬉しそうな顔もせず、黙って叮嚀《ていねい》にお辞儀をして、すたすた部屋を出て行ったが、あれはやっぱりマア坊が少し気を悪くした証拠だぜ。マア坊は、あんな、よそよそしい叮嚀なお辞儀なんかするひとじゃないんだ。でも君には、竹さんの他《ほか》のひとは、てんで問題じゃないんだから仕様が無い。
「お天気がいいから二階のバルコニイへ行って、話そう。いまはお昼休みだから、かまわないんだ。」
「君の手紙でみんな知ってるよ。そのお昼休みの時間をねらって来たんだ。それに、きょうは日曜だから、慰安放送もあるし。」
 笑いながら部屋を出て、階段を上って、そのころから僕たちは、急に固くなって、やたらに天下国家を論じ合ったのは、あれは、どういうわけなんだろう。尊いお方に僕たちの命はすでにおあずけしてあるのだし、僕たちは御言いつけのままに軽くどこへでも飛んで行く覚悟はちゃんと出来ていて、もう論じ合う事柄も何もない筈なのに、それでも互いに興奮して、所謂《いわゆる》新日本再建の微衷を吐露し合ったが、男の子って、どんな親しい間柄でも、久し振りで逢《あ》った時には、あんな具合に互いに高邁《こうまい》の事を述べ合って、自分の進歩を相手にみとめさせたい焦躁《しょうそう》にかられるものなのかも知れないね。バルコニイに出てからも、君は、日本の初歩教育からして駄目《だめ》なんだと怒り、
「小さい時にどんな教育を受けたかという事でもう、その人の一生涯《いっしょうがい》がきまってしまうのだからね。もっと偉い大人
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