た。きょうの放送は誰の発案かね、とおっしゃるさかいな、ひばりの発明や、とうちが申し上げたら、愉快な子ですなあ、ってな、あの笑わない場長さんが、にやにやっと笑い居った。」竹さんも、きょうの口紅事件では、さすがに少し興奮したのか、いつになくおしゃべりだ。
「僕の発明じゃあないよ。」軍功の帰趨《きすう》は分明にして置かなければならぬ。
「同じ事や。ひばりが言わなかったら、うちだって、動きとうはない。すき好んで憎まれ役を買うひとなんてあるかいな。」
「憎まれたのかね。」
「ううん。」れいの特徴のある涼しい笑顔で首を振り、「憎まれやしないけどな、うちは、つらかった。」
「孔雀の挨拶《あいさつ》は、ちょっと僕も、つらかったよ。」
「うん。牧田さんな、あのひと自分から挨拶させてと申し込んで来たのや。悪気の無い、いいひとや。お化粧が下手らしいな。うちだって、少しは口紅さしてんのやけど、わからんやろ?」
「なあんだ、同罪か。」
「わからんくらいなら、いいのや。」と平気な顔して、シャッシャッと摩擦をつづける。
女だなあ、と思った。そうして僕は、この道場へ来てはじめて、竹さんを、可愛《かわい》らしいと思った。大鯛《おおだい》だって、ばかには出来ない。
どうだい、君。僕は、あらためて君に、当道場の訪問をすすめる。ここには、尊敬するに足る女性がひとりいる。これは、僕のものでもなければ、君のものでもない。これは、日本のいま世界に誇り得る唯一《ゆいいつ》の宝だ。なんていうと少し大袈裟《おおげさ》なほめ方になってしまって、われながら閉口だが、とにかく、色気無しに親愛の情を抱かせる若い女は少いものではあるまいか。君も、もう竹さんに対しては、色気なんてそんなものは持っていない筈である。親愛の気持だけだろうと思う。ここに、僕たち新しい男の勝利がある。男女の間の、信頼と親愛だけの交友は、僕たちにでなければわからない。所謂《いわゆる》あたらしい男だけが味《あじわ》い得るところの天与の美果である。この清潔の醍醐味《だいごみ》が欲しかったら、若き詩人よ、すべからく当道場を御訪問あれ。
もっとも君は、既に、君の周囲に於いて、さらにすぐれた清潔の美果を味っているかも知れないが。
十月二十日
花宵《かしょう》先生
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昨日の御訪問、なんとも嬉《うれ》しく存じました。その折には、また
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