文章ヲ研究シ、シカシテ、我輩ノ答ヲ、我輩ノ能力ノ最大ヲ致シテ書キシタタメルデアロウ。
 君ノ健康ヲ熱烈ニ祈ル。我輩ノ貧弱ニシテ醜悪ナル文章ヲ決シテ怒リ給ウナ。

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 つくしのあの奇怪にして不可解な手紙に較《くら》べて、このほうは流石《さすが》にちゃんと筋道がとおっている。けれども僕は、読みながら可笑《おか》しくて仕様が無かった。固パン氏が、通訳として引っぱり出される事をどんなに恐怖し、また、れいの見栄坊《みえぼう》の気持から、もし万一ひっぱり出されても、何とかして恥をかかずにすまして、助手さんたちの期待を裏切らぬようにしたいと苦心|惨憺《さんたん》して、さまざま工夫をこらしている様《さま》が、その英文に依《よ》っても、充分に、推察できるのである。
「まるでもうこれは、重大な外交文書みたいですね。堂々たるものです。」と僕は、笑いを噛《か》み殺して言った。
「ひやかしちゃいけません。」と固パンは苦笑して僕からその便箋をひったくり、「どこか、ミステークがなかったですか?」
「いいえ、とてもわかり易《やす》い文章で、こんなのを名文というんじゃないでしょうか。」
「迷うほうのメイブンでしょう?」と、つまらぬ洒落《しゃれ》を言い、それでも、ほめられて悪い気はしないらしく、ちょっと得意げな、もっともらしい顔つきになり、「通訳となると、やはり責任がね、重くなりますから、僕は、それはごめんこうむって筆談にしようと思っているんですよ。どうも僕は英語の知識をひけらかしすぎたので、或いは、通訳として引っぱり出されるかも知れないんです。いまさら逃げかくれも出来ず、やっかいな事になっちゃいましたよ。」と、いやにシンミリした口調で言って、わざとらしい小さい溜息《ためいき》を吐《つ》いた。
 人に依っていろいろな心配もあるものだと僕は感心した。
 嵐のせいであろうか、或いは、貧しいともしびのせいであろうか、その夜は私たち同室の者四人が、越後獅子の蝋燭の火を中心にして集り、久し振りで打解けた話を交した。
「自由主義者ってのは、あれは、いったい何ですかね?」と、かっぽれは如何《いか》なる理由からか、ひどく声をひそめて尋ねる。
「フランスでは、」と固パンは英語のほうでこりたからであろうか、こんどはフランスの方面の知識を披露する。「リベルタンってやつがあって、これがまあ自由思想を謳歌《おうか
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