に熱を上げるのも無理はないと思った。君は流石《さすが》に詩人だけあって、勘がいい。眼が高い。偉い。君があまり、竹さんに熱を上げるので、寝込まれたりしても困ると思って、その後、竹さんに就いての御報告を控えめにしていたが、そんな心配は全然不要だという事が、けさ、はっきりわかった。
 竹さんを、どんなに好いても、竹さんはその人を寝込ませたり堕落させたりなんかしない人だ。どうか、竹さんを、もっと、うんと好いてくれ。僕も、君に負けずに竹さんを、もっとうんと信頼するつもりだ。それにつけても、マア坊は馬鹿な女だねえ。竹さんとはまるで逆だ。全くお説の通り、映画女優の出来損いそのものであった。きのう、あれから、マア坊が夜の八時の摩擦に、自分の番でも無いのに「桜の間」にやって来て、あの、お昼の事などはきれいに忘れてしまったように、固パンや、かっぽれを相手にきゃあきゃあ騒ぎ、そのとき、僕の摩擦は竹さんであったが、竹さんはれいの通り、無言でシャッシャッとあざやかな手つきで摩擦して、マア坊たちのつまらぬ冗談にも時々にっこり笑い、マア坊がつかつかと僕たちの傍へやって来て、
「竹さん、手伝いましょうか。」と乱暴な、ふざけた口調で言っても、
「おおきに、」と軽く会釈《えしゃく》して、「すぐ、すみます。」と澄まして答える。

     7

 僕は、こんな具合いに落ちついて、しゃんとしている竹さんを好きなのである。僕に下手な好意を示したりする時の竹さんは、ぶざまで、見られたものでない。マア坊が、くるりと廻《まわ》れ右してまた固パンのほうへ行った時、僕は、
「マア坊って、きざな人だね。」と小声で竹さんに言った。
「芯《しん》は、いい子や。」と竹さんは、いつくしむような口調で、ぽつんと答えた。
 やはり竹さんはマア坊より、人間としての格が上かな? とその時ひそかに思った。竹さんは、さっさと摩擦をすませて、金盥をかかえ、隣りの「白鳥の間」へ摩擦の応援に出かけて、そのあとへ、マア坊がにやにや笑ってまたもや僕のベッドを訪れ、小さい声で、
「竹さんに、何か言った。たしかに言った。あたしは、知ってる。」
「きざな子だって言ったんだ。」
「意地わる! どうせ、そうよ。」案外、怒らぬ。「ね、あれ、持ってる?」両手の指で四角の形を作って見せる。
「ケースかい?」
「うん。どこに、しまってあるの?」
「そのへんの引出しだ
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