ず私に紹介して呉れる段取りとなった。その日、私は馬場との約束どおり、午後の四時頃、上野公園の菊ちゃんの甘酒屋を訪れたのであるが、馬場は紺飛白《こんがすり》の単衣《ひとえ》に小倉の袴《はかま》という維新風俗で赤毛氈の縁台に腰かけて私を待っていた。馬場の足もとに、真赤な麻の葉模様の帯をしめ白い花の簪《かんざし》をつけた菊ちゃんが、お給仕の塗盆を持って丸く蹲《うずくま》って馬場の顔をふり仰いだまま、みじろぎもせずじっとしていた。馬場の蒼黒い顔には弱い西日がぽっと明るくさしていて、夕靄《ゆうもや》がもやもや烟《けむ》ってふたりのからだのまわりを包み、なんだかおかしな、狐狸のにおいのする風景であった。私が近づいていって、やあ、と馬場に声をかけたら、菊ちゃんが、あ、と小さく叫んで飛びあがり、ふりむいて私に白い歯を見せて挨拶したが、みるみる豊かな頬をあかくした。私も少しどぎまぎして、わるかったかな? と思わず口を滑らせたら、菊ちゃんは一瞬はっと表情をかえて妙にまじめな眼つきで私の顔を見つめたかと思うと、くるっと私に背をむけお盆で顔をかくすようにして店の奥へ駈けこんでいったものだ。なんのことはない、あ
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