とした。私は私の影を盜まれた。何が、フレキシビリテイの極致だ! 私は、まつすぐに走りだした。齒醫者。小鳥屋。甘栗屋。ベエカリイ。花屋。街路樹。古本屋。洋館。走りながら私は自分が何やらぶつぶつ低く呟いてゐるのに氣づいた。――走れ、電車。走れ、佐野次郎。走れ、電車。走れ、佐野次郎。出鱈目な調子をつけて繰り返し繰り返し歌つてゐたのだ。あ、これが私の創作だ。私の創つた唯一の詩だ。なんといふだらしなさ! 頭がわるいから駄目なんだ。だらしがないから駄目なんだ。ライト。爆音。星。葉。信號。風。あつ!
四
「佐竹。ゆうべ佐野次郎が電車にはね飛ばされて死んだのを知つてゐるか。」
「知つてゐる。けさ、ラジオのニユウスで聞いた。」
「あいつ、うまく災難にかかりやがつた。僕なんか、首でも吊らなければおさまりがつきさうもないのに。」
「さうして、君がいちばん長生きをするだらう。いや、僕の豫言はあたるよ。君、――」
「なんだい。」
「ここに二百圓だけある。ペリカンの畫が賣れたのだ。佐野次郎氏と遊びたくてせつせとこれだけこしらへたのだが。」
「僕におくれ。」
「いいとも。」
「菊ちやん。佐野次郎は
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