が描いて置いた好惡ふたつの影像のうち、わるいはうの影像と一分一厘の間隙もなくぴつたり重なり合つた。さうして尚さらいけないことには、そのときの太宰の服裝がそつくり、馬場のかねがね最もいみきらつてゐるたちのものだつたではないか。派手な大島絣の袷に總絞りの兵古帶、荒い格子縞のハンチング、淺黄の羽二重の長襦袢の裾がちらちらこぼれて見えて、その裾をちよつとつまみあげて坐つたものであるが、窓のそとの景色を、形だけ眺めたふりをして、
「ちまたに雨が降る。」と女のやうな細い甲高い聲で言つて、私たちのはうを振りむき赤濁りに濁つた眼を絲のやうに細くし顏ぢゆうをくしやくしやにして笑つてみせた。私は部屋から飛び出してお茶を取りに階下へ降りた。お茶道具と鐵瓶とを持つて部屋へかへつて來たら、もうすでに馬場と太宰が爭つてゐたのである。
 太宰は坊主頭のうしろへ兩手を組んで、「言葉はどうでもよいのです。いつたいやる氣なのかね?」
「何をです。」
「雜誌をさ。やるなら一緒にやつてもいい。」
「あなたは一體、何しにここへ來たのだらう。」
「さあ、――風に吹かれて。」
「言つて置くけれども、御託宣と、警句と、冗談と、それか
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