尺七寸、體重は十五貫、足袋は十一文、年齡は斷じて三十まへだ。おう、だいじなことを言ひ忘れた。ひどい猫脊で、とんとせむし、――君、ちよつと眼をつぶつてそんなふうの男を想像してごらん。ところが、これは嘘なんだ。まるつきり嘘なんだ。おほやま師。裝つてゐるのだ。それにちがひないんだ。なにからなにまで見せかけなのだ。僕の睨んだ眼に狂ひはない。ところどころに生え伸びたまだらな無精鬚。いや、あいつに無精なんてあり得ない。どんな場合でもあり得ない。わざとつとめて生やした鬚だ。ああ、僕はいつたい誰のことを言つてゐるのだ! ごらん下さい、私はいまかうしてゐます、ああしてゐますと、いちいち説明をつけなければ指一本うごかせず咳ばらひ一つできない。いやなこつた! あいつの素顏は、眼も口も眉毛もないのつぺらぼうさ。眉毛を描いて眼鼻をくつつけ、さうして知らんふりをしてゐやがる。しかも君、それをあいつは藝にしてゐる。ちえつ! 僕はあいつを最初瞥見したとき、こんにやくの舌で顏をぺろつと舐められたやうな氣がしたよ。思へば、たいへんな仲間ばかり集つて來たものさ。佐竹、太宰、佐野次郎、馬場、ははん、この四人が、ただ默つて立ち
前へ 次へ
全45ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング