て向きあつたもう一方の隅の壁に背をもたせ細長い兩の毛臑を前へ投げだして坐り、ふたりながら眠たさうに半分閉ぢた眼と大儀さうなのろのろした口調でもつて、けれども腹綿は恚忿と殺意のために煮えくりかへつてゐるらしく眼がしらや言葉のはしはしが兒蛇の舌のやうにちろちろ燃えあがつてゐるのが私にさへたやすくそれと察知できるくらゐに、なかなか險しくわたり合つてゐたのである。佐竹は太宰のすぐ傍にながながと寢そべり、いかにも、つまらなさうに眼玉をきよろきよろうごかしながら煙草をふかしてゐた。はじめからいけなかつた。その朝、私がまだ寢てゐるうちに馬場が私の下宿の部屋を襲つた。けふは學生服をきちんと着て、そのうへに、ぶくぶくした黄色いレンコオトを羽織つてゐた。雨にびつしより濡れたそのレンコオトを脱ぎもせずに部屋をぐるぐるいそがしげに※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて歩いた。歩きながら、ひとりごとのやうにして呟くのである。
「君、君。起きたまへ。僕はひどい神經衰弱らしいぞ。こんなに雨が降つては、僕はきつと狂つてしまふ。海賊の空想だけでも痩せてしまふ。君、起きたまへ。ついせんだつて僕は太宰治といふ男に逢
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