れたりなどするんだねえ。インポテンスぢやないかと思ふんだけれど。なに、名ばかりの親戚で僕とは血のつながりなんか絶對にない。――僕は菊のまへであいつと議論したくねえんだ。はり合ふなんて、いやなこつた。――君、佐竹の自尊心の高さを考へると、僕はいつでもぞつとするよ。」ビイルのコツプを握つたまま、深い溜息をもらした。「けれども、あいつの畫だけは正當に認めなければいけない。」
私はぼんやりしてゐた。だんだん薄暗くなつて色々の灯でいろどられてゆく上野廣小路の雜沓の樣子を見おろしてゐたのである。さうして馬場のひとりごととは千里萬里もかけはなれた、つまらぬ感傷にとりつかれてゐた。「東京だなあ。」といふたつたそれだけの言葉の感傷に。
ところが、それから五六日して、上野動物園で貘の夫婦をあらたに購入したといふ話を新聞で讀み、ふとその貘を見たくなつて學校の授業がすんでから、動物園に出かけていつたのであるが、そのとき、水禽の大鐵傘ちかくのベンチに腰かけてスケツチブツクへ何やらかいてゐる佐竹を見てしまつたのである。しかたなく傍へ寄つていつて、輕く肩をたたいた。
「ああ。」と輕くうめいて、ゆつくり私のはうへ
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