うに生氣のない聲でぼそぼそ私に話しかけたのである。
「あんたのことを馬場から聞きましたよ。ひどいめに遭つたものですねえ。なかなかやると思つてゐますよ。」私はむつとして、佐竹のまぶしいほど白い顏をもいちど見直した。箱のやうに無表情であつた。
 馬場は音たかく舌打ちして、「おい佐竹、からかふのはやめろ。ひとを平氣でからかふのは、卑劣な心情の證據だ。罵るなら、ちやんと罵るがいい。」
「からかつてやしないよ。」しづかにさう應へて、胸のポケツトからむらさき色のハンケチをとり出し、頸のまはりの汗をのろのろ拭きはじめた。
「あああ。」馬場は溜息ついて縁臺にごろんと寢ころがつた。「おめえは會話の語尾に、ねえ、とか、よ、とかをつけなければものを言へないのか。その語尾の感嘆詞みたいなものだけは、よせ。皮膚にべとつくやうでかなはんのだ。」私もそれは同じ思ひであつた。
 佐竹はハンケチをていねいに疊んで胸のポケツトにしまひこみながら、よそごとのやうにして呟いた。「朝顏みたいなつらをしやがつて、と來るんぢやないかね?」
 馬場はそつと起きあがり、すこし聲をはげまして言つた。「おめえとはここで口論したくねえんだ。
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