分ダメでしょう。」
運が悪い。ケイ子を引っぱり出す事は、まず不可能らしい。
しかし、ただ兄をこわがって、いつまでもケイ子との別離をためらっているのは、ケイ子に対しても失礼みたいなものだ。それに、ケイ子が風邪で寝ていて、おまけに引揚者の兄が寄宿しているのでは、お金にも、きっと不自由しているだろう。かえって、いまは、チャンスというものかも知れない。病人に優しい見舞いの言葉をかけ、そうしてお金をそっと差し出す。兵隊の兄も、まさか殴りやしないだろう。或《ある》いは、ケイ子以上に、感激し握手など求めるかも知れない。もし万一、自分に乱暴を働くようだったら、……その時こそ、永井キヌ子の怪力のかげに隠れるといい。
まさに百パーセントの利用、活用である。
「いいかい? たぶん大丈夫だと思うけどね、そこに乱暴な男がひとりいてね、もしそいつが腕を振り上げたら、君は軽くこう、取りおさえて下さい。なあに、弱いやつらしいんですがね。」
彼は、めっきりキヌ子に、ていねいな言葉でものを言うようになっていた。
(未完)[#行末より2字上げ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房
1989(平成
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