ふれ出るほど一ぱい。
 キヌ子は平然。
 かえって、田島は席をはずした。

      行  進 (五)

 セットの終ったころ、田島は、そっとまた美容室にはいって来て、一すんくらいの厚さの紙幣のたばを、美容師の白い上衣《うわぎ》のポケットに滑りこませ、ほとんど祈るような気持で、
「グッド・バイ。」
 とささやき、その声が自分でも意外に思ったくらい、いたわるような、あやまるような、優しい、哀調に似たものを帯びていた。
 キヌ子は無言で立上る。青木さんも無言で、キヌ子のスカートなど直してやる。田島は、一足さきに外に飛び出す。
 ああ、別離は、くるしい。
 キヌ子は無表情で、あとからやって来て、
「そんなに、うまくも無いじゃないの。」
「何が?」
「パーマ。」
 バカ野郎! とキヌ子を怒鳴ってやりたくなったが、しかし、デパートの中なので、こらえた。青木という女は、他人の悪口など決して言わなかった。お金もほしがらなかったし、よく洗濯もしてくれた。
「これで、もう、おしまい?」
「そう。」
 田島は、ただもう、やたらにわびしい。
「あんな事で、もう、わかれてしまうなんて、あの子も、意久地《いく
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