しょう。クリスマスですもの」

     三

 ほんの三十分、いいえ、もっと早いくらい、おや、と思ったくらいに早く、ご亭主がひとりで帰って来まして、私の傍に寄り、
「奥さん、ありがとうございました。お金はかえして戴きました」
「そう。よかったわね。全部?」
 ご亭主は、へんな笑い方をして、
「ええ、きのうの、あの分《ぶん》だけはね」
「これまでのが全部で、いくらなの? ざっと、まあ、大負けに負けて」
「二万円」
「それだけでいいの?」
「大負けに負けました」
「おかえし致します。おじさん、あすから私を、ここで働かせてくれない? ね、そうして! 働いて返すわ」
「へえ? 奥さん、とんだ、おかるだね」
 私たちは、声を合せて笑いました。
 その夜、十時すぎ、私は中野の店をおいとまして、坊やを背負い、小金井の私たちの家にかえりました。やはり夫は帰って来ていませんでしたが、しかし私は、平気でした。あすまた、あのお店へ行けば、夫に逢えるかも知れない。どうして私はいままで、こんないい事に気づかなかったのかしら。きのうまでの私の苦労も、所詮《しょせん》は私が馬鹿で、こんな名案に思いつかなかったから
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