、「お金のかかっているからだですから」
「百万ドルの名馬か?」
ともうひとりの客は、げびた洒落《しゃれ》を言いました。
「名馬も、雌は半値だそうです」
と私は、お酒のお燗《かん》をつけながら、負けずに、げびた受けこたえを致しますと、
「けんそんするなよ。これから日本は、馬でも犬でも、男女同権だってさ」と一ばん若いお客が、呶鳴《どな》るように言いまして、「ねえさん、おれは惚《ほ》れた。一目惚れだ。が、しかし、お前は、子持ちだな?」
「いいえ」と奥から、おかみさんは、坊やを抱いて出て来て、「これは、こんど私どもが親戚《しんせき》からもらって来た子ですの。これでもう、やっと私どもにも、あとつぎが出来たというわけですわ」
「金も出来たし」
と客のひとりが、からかいますと、ご亭主はまじめに、
「いろも出来、借金も出来」と呟《つぶや》き、それから、ふいと語調をかえて、「何にしますか? よせ鍋《なべ》でも作りましょうか?」
と客にたずねます。私には、その時、或る事が一つ、わかりました。やはりそうか、と自分でひとり首肯《うなず》き、うわべは何気なく、お客にお銚子《ちょうし》を運びました。
そ
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