うか。クリスマスのお祭りの、紙の三角帽をかぶり、ルパンのように顔の上半分を覆いかくしている黒の仮面をつけた男と、それから三十四、五の痩《や》せ型の綺麗な奥さんと二人連れの客が見えまして、男のひとは、私どもには後向きに、土間の隅の椅子に腰を下しましたが、私はその人がお店にはいってくると直ぐに、誰だか解りました。どろぼうの夫です。
向うでは、私のことに何も気附かぬようでしたので、私も知らぬ振りして他のお客とふざけ合い、そうして、その奥さんが夫と向い合って腰かけて、
「ねえさん、ちょっと」
と呼びましたので、
「へえ」
と返辞して、お二人のテーブルのほうに参りまして、
「いらっしゃいまし。お酒でございますか?」
と申しました時に、ちらと夫は仮面の底から私を見て、さすがに驚いた様子でしたが、私はその肩を軽く撫でて、
「クリスマスおめでとうって言うの? なんていうの? もう一升くらいは飲めそうね」
と申しました。
奥さんはそれには取り合わず、改まった顔つきをして、
「あの、ねえさん、すみませんがね、ここのご主人にないないお話し申したい事がございますのですけど、ちょっとここへご主人を」
と言いました。
私は奥で揚物《あげもの》をしているご亭主のところへ行き、
「大谷が帰ってまいりました。会ってやって下さいまし。でも、連れの女のかたに、私のことは黙っていて下さいね。大谷が恥かしい思いをするといけませんから」
「いよいよ、来ましたね」
ご亭主は、私の、あの嘘を半ばは危《あやぶ》みながらも、それでもかなり信用していてくれたもののようで、夫が帰って来たことも、それも私の何か差しがねに依っての事と単純に合点している様子でした。
「私のことは、黙っててね」
と重ねて申しますと、
「そのほうがよろしいのでしたら、そうします」
と気さくに承知して、土間に出て行きました。
ご亭主は土間のお客を一わたりざっと見廻し、それから真っ直ぐに夫のいるテーブルに歩み寄って、その綺麗な奥さんと何か二言、三言話を交して、それから三人そろって店から出て行きました。
もういいのだ。万事が解決してしまったのだと、なぜだかそう信ぜられて、流石《さすが》にうれしく、紺絣《こんがすり》の着物を着たまだはたち前くらいの若いお客さんの手首を、だしぬけに強く掴《つか》んで、
「飲みましょうよ、ね、飲みま
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