手してぶらっと外へ出て、そのまますたすたと御城下町へ急いだ。誰も知らなかった。
 直訴は成功した。太郎の運がよかったからである。命をとられなかったばかりかごほうびをさえ貰《もら》った。ときの殿様が法律をきれいに忘れていたからでもあろう。村はおかげで全滅をのがれ、あくる年からまたうるおいはじめたのである。
 村のひとたちは、それでも二三年のあいだは太郎をほめていた。二三年がすぎると忘れてしまった。庄屋の阿呆様とは太郎の名前であった。太郎は毎日のように蔵の中にはいって惣助の蔵書を手当り次第に読んでいた。ときどき怪《け》しからぬ絵本を見つけた。それでも平気な顔して読んでいった。
 そのうちに仙術の本を見つけたのである。これを最も熱心に読みふけった。縦横十文字に読みふけった。蔵の中で一年ほども修行して、ようやく鼠と鷲《わし》と蛇《へび》になる法を覚えこんだ。鼠になって蔵の中をかけめぐり、ときどき立ちどまってちゅうちゅうと鳴いてみた。鷲になって、蔵の窓から翼をひろげて飛びあがり、心ゆくまで大空を逍遥《しょうよう》した。蛇になって、蔵の床下にしのびいり蜘蛛《くも》の巣をさけながら、ひやひやした日蔭
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