飛び去った。そのとしの秋にもまた稲の穂に穂がみのり林檎も前年に負けずに枝のたおたおするほどかたまって結実したのである。村はうるおいはじめた。惣助は予言者としての太郎の能力をしかと信じた。けれどもそれを村のひとたちに言いふらしてあるくことは控えていた。それは親馬鹿という嘲笑を得たくない心からであろうか。ひょっとすると何かもっと軽はずみな、ひともうけしようという下心からであったかも知れぬ。
 幼いころの神童は、二三年してようやく邪道におちた。いつしか太郎は、村のひとたちからなまけものという名前をつけられていた。惣助もそう言われるのを仕方がないと思いはじめたのである。太郎は六歳になっても七歳になってもほかの子供たちのように野原や田圃《たんぼ》や河原へ出て遊ぼうとはしなかった。夏ならば、部屋の窓べりに頬杖ついて外の景色を眺めていた。冬ならば、炉辺に坐って燃えあがる焚火《たきび》の焔《ほのお》を眺めていた。なぞなぞが好きであった。或る冬の夜、太郎は炉辺に行儀わるく寝そべりながら、かたわらの惣助の顔を薄目つかって見あげ、ゆっくりした口調でなぞなぞを掛けた。水のなかにはいっても濡れないものはなんじゃ
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