この子も失敗しそうである。わしはこの子にわしが六十年間かかってためた粒々の小銭、五百文を全部のこらず与えるものである。三郎はその遺書を読んでしまってから顔を蒼《あお》くして薄笑いを浮べ、二つに引き裂いた。それをまた四つに引き裂いた。さらに八つに引き裂いた。空腹を防ぐために子への折檻《せっかん》をひかえた黄村、子の名声よりも印税が気がかりでならぬ黄村、近所からは土台下に黄金の一ぱいつまった甕《かめ》をかくしていると囁《ささや》かれた黄村が、五百文の遺産をのこして大往生をした。嘘の末路だ。三郎は嘘の最後っ屁《ぺ》の我慢できぬ悪臭をかいだような気がした。
三郎は父の葬儀を近くの日蓮宗のお寺でいとなんだ。ちょっと聞くと野蛮なリズムのように感ぜられる和尚のめった打ちに打ち鳴らす太鼓の音も、耳傾けてしばらく聞いていると、そのリズムの中にどうしようもない憤怒と焦慮とそれを茶化そうというやけくそなお道化とを聞きとることができたのである。紋服を着て[#「着て」は底本では「来て」]珠数《じゅず》を持ち十人あまりの塾生のまんなかに背を丸くして坐って、三尺ほど前方の畳のへりを見つめながら三郎は考える。嘘は犯
前へ
次へ
全41ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング