ちの必死の反対があったからでもあった。それでも三郎は著述の決意だけはまげなかった。そのころ江戸で流行の洒落本《しゃれぼん》を出版することにした。ほほ、うやまってもおす、というような書きだしで能《あた》うかぎりの悪ふざけとごまかしを書くことであって、三郎の性格に全くぴたりと合っていたのである。彼が二十二歳のとき酔い泥屋滅茶滅茶先生という筆名で出版した二三の洒落本は思いのほかに売れた。或る日、三郎は父の蔵書のなかに彼の洒落本中の傑作「人間万事嘘は誠」一巻がまじっているのを見て、何気なさそうに黄村に尋ねた。滅茶滅茶先生の本はよい本ですか。黄村はにがり切って答えた。よくない。三郎は笑いながら教えた。あれは私の匿名《とくめい》ですよ。黄村は狼狽《ろうばい》を見せまいとして高いせきばらいを二つ三つして、それからあたりをはばかるような低い声で問うた。なんぼもうかったかの。
 傑作「人間万事嘘は誠」のあらましの内容は、嫌厭《けんえん》先生という年わかい世のすねものが面白おかしく世の中を渡ったことの次第を叙したものであって、たとえば嫌厭先生が花柳《かりゅう》の巷《ちまた》に遊ぶにしても或いは役者といつわ
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