きだして殴ったほうが約三倍の効果があるということであった。まっすぐに突きだす途中で腕を内側に半廻転ほどひねったなら更に四倍くらいの効力があるということをも知った。腕が螺旋《らせん》のように相手の肉体へきりきり食いいるというわけであった。
つぎの一年は家の裏手にあたる国分寺跡の松林の中で修行をした。人の形をした五尺四五寸の高さの枯れた根株を殴るのであった。次郎兵衛はおのれのからだをすみからすみまで殴ってみて、眉間《みけん》と水落《みぞお》ちが一番いたいという事実を知らされた。尚、むかしから言い伝えられている男の急所をも一応は考えてみたけれども、これはやはり下品な気がして、傲邁《ごうまい》な男の覘《ねら》うところではないと思った。むこうずねもまた相当に痛いことを知ったが、これは足で蹴《け》るのに都合のよいところであって、次郎兵衛は喧嘩に足を使うことは卑怯《ひきょう》でもありうしろめたくもあると思い、もっぱら眉間と水落ちを覘《ねら》うことにきめたのである。枯れた根株の、眉間と水落ちに相当する高さの個処へ小刀で三角の印をつけ、毎日毎日、ぽかりぽかりと殴りつけた。おまえ、間違ってはいませんか。
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