》の結び目のところあたりへ片手をやった。
「これ、あるか。」私は左手で飲む真似《まね》をして見せた。
「極上がございます。いや、そうでもねえか。」
「コップで三つ。」と私は言った。
 小串の皿が三枚、私たちの前に並べられた。私たちは、まんなかの皿はそのままにして、両端の皿にそれぞれ箸《はし》をつけた。やがてなみなみと酒が充たされたコップも三つ、並べられた。
 私は端のコップをとって、ぐいと飲み、
「すけてやろうね。」
 と、シズエ子ちゃんにだけ聞えるくらいの小さい声で言って、母のコップをとって、ぐいと飲み、ふところから先刻買った南京豆の袋を三つ取り出し、
「今夜は、僕はこれから少し飲むからね、豆でもかじりながら附き合ってくれ。」と、やはり小声で言った。
 シズエ子ちゃんは首肯《うなず》き、それっきり私たちは一言も、何も、言わなかった。
 私は黙々として四はい五はいと飲みつづけているうちに、屋台の奥の紳士が、うなぎ屋の主人を相手に、やたらと騒ぎはじめた。実につまらない、不思議なくらいに下手くそな、まるっきりセンスの無い冗談を言い、そうしてご本人が最も面白そうに笑い、主人もお附き合いに笑い
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