わが半生を語る
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)他人《ひと》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今|迄《まで》
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生い立ちと環境
私は田舎のいわゆる金持ちと云われる家に生れました。たくさんの兄や姉がありまして、その末ッ子として、まず何不自由なく育ちました。その為に世間知らずの非常なはにかみやになって終いました。この私のはにかみが何か他人《ひと》からみると自分がそれを誇っているように見られやしないかと気にしています。
私は殆《ほとん》ど他人には満足に口もきけないほどの弱い性格で、従って生活力も零《ゼロ》に近いと自覚して、幼少より今|迄《まで》すごして来ました。ですから私はむしろ厭世主義といってもいいようなもので、余り生きることに張合いを感じない。ただもう一刻も早くこの生活の恐怖から逃げ出したい。この世の中からおさらばしたいというようなことばかり、子供の頃から考えている質《たち》でした。
こういう私の性格が私を文学に志さしめた動機となったと云えるでしょう。育った家庭とか肉親とか或《ある》いは故郷という概念、そういうものがひどく抜き難く根ざしているような気がします。
私は自分の作品の中で、私の生れた家を自慢しているように思われるかも知れませんが、かえって、まだ自分の家の事実の大きさよりも更に遠慮して、殆どそれは半分、いや、もっとはにかんで語っている程です。
一事が万事、なにかいつも自分がそのために人から非難せられ、仇敵視《きゅうてきし》されているような、そういう恐怖感がいつも自分につきまとって居ります。そのためにわざと、最下等の生活をしてみせたり、或いはどんな汚いことにでも平気になろうと心がけたけれども、しかしまさか私は縄の帯は締められない。
それが人はやはりどこか私を思い上っていると思う第一の原因になっているようであります。けれども私に言わせれば、それが私の弱さの一番の原因なので、そのために自分の身につけているもの全部をほうり出して差上げたいような思いをしたことが幾度あったかしれません。
例えば恋愛にしても、私だってそれは女から好意を寄せられることはたまにはありますけれども、自分がそんな金持ちの子供に生れたという点で女に好意をもたれているに過ぎないというように、人から思われるのが嫌で、恋愛をさえ幾度となく自分で断念したこともあります。
現に私の兄がいま青森県の民選知事をしておりますが、そう云うことを女にひと言でも云えば、それを種に女を口説《くど》くと思われはせぬかというので、却《かえ》っていつも芝居をしているように、自分をくだらなく見せるというような、殆ど愚かといってもいいくらいの努力をして生きて参りました。これは自分でももて余していて、どうにも解決のしようが未だに発見出来ません。
文壇生活?……
私がまだ東大の仏文科でまごまごしていた二十五歳の時、改造社の「文芸」という雑誌から何か短篇を書けといわれて、その時、あり合せの「逆行」という短篇を送った。それが二、三ヶ月後くらいに新聞の広告に大きく名前が他の諸先輩と並んで出て、それが後日第一回芥川賞の時に候補に上げられました。
その「逆行」と殆ど前後して同人雑誌「日本|浪曼派《ろうまんは》」に「道化の華」が発表されました。それが佐藤春夫先生の推奨にあずかり、その後、文学雑誌に次々と作品を発表することができました。
それで自分も文壇生活というか、小説を書いて或いは生活が出来るのではないかしらとかすかな希望をもつようになりました。それは大体年代からいうと昭和十年頃です。
省みますと、自分でははっきりと斯々《かくかく》の動機で文学を志したということは、判らないことで、殆ど無意識といってもいい位に、私はいつの間にやら文学の野原を歩いていたような気がするのです。気がついたらそれこそ往くも千里、帰るも千里というような、のっぴきならない文学の野原のまん中に立っていたのに気がついて、たいへん驚いたというようなところが真に近いかと思います。
先輩・好きな人達
私がおつき合いをお願いしている先輩は井伏|鱒二《ますじ》氏一人といっていい位です。あと評論家では河上徹太郎、亀井勝一郎、この人達も「文学界」の関係から飲み友達になりました。もっと年とった方の先輩では、これは交友というのは失礼かもしれないけれど、お宅に上らせて頂いた方《かた》は佐藤先生と豊島与志雄先生です。そうして井伏さんにはとうとう現在の家内を媒酌《ばいしゃく》して頂いた程、親しく願っております。
井伏さんといえば、初期の「夜ふけと梅の花」という本の諸作品は、殆ど宝石を並べたような印象を受けました。また嘉村礒多《かむら
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