ぬ。お前たちは、まだ若い。そういう蔭の御理解に気が附かず、ただもう王子さまやラプンツェルの恋慕の事ばかり問題にしている。まだ、いたらんようじゃ。わしは、ヴィクトル・ユーゴーの作品を、せがれにすすめられて愛読したものだが、あれはさすがに隅々まで眼がとどいている。かの、ヴィクトル・ユーゴーは、――」と一段と声を張り挙げた時、祖母に叱られた。子供たちが、せっかく楽しんでいるのに、あなたは何を言うのですか、と叱られ、おまけにウイスキイの瓶とグラスを取り上げられた。祖父の批評は、割合い正確なところもあったようだが、口調が甚だ、だらしなかったので、誰にも支持されず黙殺されてしまった。祖父は急にしょげた。その様子を見かねて母は、祖父に、れいの勲章《くんしょう》を、そっと手渡した。去年の大晦日《おおみそか》に、母は祖父の秘密のわずかな借銭を、こっそり支払ってあげた功労に依って、その銀貨の勲章を授与されていたのである。
「一ばん出来のよかった人に、おじいさんが勲章を授与なさるそうですよ。」と母は、子供たちに笑いながら教えた。母は、祖父にそんな事で元気を恢復《かいふく》させてあげたかったのである。けれども
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