り消える事のなかった高峯の根雪、きらと光って消えかけた一瞬まえの笹の葉の霜《しも》、一万年生きた亀の甲、月光の中で一粒ずつ拾い集めた砂金、竜の鱗《うろこ》、生れて一度も日光に当った事のないどぶ鼠の眼玉、ほととぎすの吐出した水銀、蛍《ほたる》の尻の真珠、鸚鵡《おうむ》の青い舌、永遠に散らぬ芥子《けし》の花、梟《ふくろう》の耳朶《みみたぶ》、てんとう虫の爪、きりぎりすの奥歯、海底に咲いた梅の花一輪、その他、とても此の世で入手でき難いような貴重な品々を、次から次と投げ込んで、およそ三百回ほど釜の周囲を駈けめぐり、釜から立ち昇る湯気が虹のように七いろの色彩を呈して来た時、老婆は、ぴたりと足をとどめ、「ラプンツェル!」と人が変ったような威厳のある口調で病床のラプンツェルに呼びかけました。「母が一生に一度の、難儀の魔法を行います。お前も、しばらく辛抱して!」と言うより早くラプンツェルに躍りかかり、細長いナイフで、ぐさとラプンツェルの胸を突き刺し、王子が、「あ!」と叫ぶ間もなく、痩せ衰えて紙ほど軽いラプンツェルのからだを両手で抱きとって眼より高く差し挙げ、どぶんと大釜の中に投げ込みました。一声かすか
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