言ってラプンツェルを森の奥の真暗い塔の中に閉じこめてしまいました。その塔には、戸口も無ければ階段も無く、ただ頂上の部屋に、小さい窓が一つあるだけで、ラプンツェルは、その頂上の部屋にあけくれ寝起きする身のうえになったのでした。可哀そうなラプンツェル。一年経ち二年経ち、薄暗い部屋の中で誰にも知られず、むなしく美しさを増していました。もうすっかり大人《おとな》になって考え深い娘になっていました。いつも王子の事を忘れません。淋しさのあまり、月や星にむかって歌をうたう事もありました。淋しさが歌声の底にこもっているので、森の鳥や樹々もそれを聞いて泣き、お月さまも、うるみました。月に一度ずつ、魔法使いの婆さんが見廻りに来ました。そうして食べ物や着物を置いて行きました。婆さんは、ラプンツェルを、やっぱり可愛くて、塔の中で飢え死させるのが、つらいのです。婆さんには魔法の翼があるので、自由に塔の頂上の部屋に出入りする事が出来るのでした。三年経ち、四年経ち、ラプンツェルも、自然に十八歳になりました。薄暗い部屋の中で、自分で気が附かずに美しく輝いていました。自分の花の香気は、自分では気がつきません。そのとしの秋に、王子は狩に出かけ、またもや魔の森に迷い込み、ふと悲しい歌を耳にしました。何とも言えず胸にしみ入るので、魂を奪われ、ふらふら塔の下まで来てしまいました。ラプンツェルではないかしら。王子は、四年前の美しい娘を決して忘れてはいませんでした。
「顔を見せておくれ!」と王子は精一ぱいの大声で叫びました。「悲しい歌は、やめて下さい。」
塔の上の小さい窓から、ラプンツェルは顔を出して答えました。「そうおっしゃるあなたは誰です。悲しい者には悲しい歌が救いなのです。ひとの悲しさもおわかりにならない癖に。」
「ああ、ラプンツェル!」王子は、狂喜しました。「私を思い出しておくれ!」
ラプンツェルの頬は一瞬さっと蒼白《あおじろ》くなり、それからほのぼの赤くなりました。けれども、幼い頃の強い気象がまだ少し残っていたので、
「ラプンツェル? その子は、四年前に死んじゃった!」と出来るだけ冷い口調で答えました。けれども、それから大声で笑おうとして、すっと息を吸い込んだら急に泣きたくなって、笑い声のかわりに烈しい嗚咽《おえつ》が出てしまいました。
あの子の髪は、金《きん》の橋。
あの子の髪は、虹の橋。
森の小鳥たちは、一斉に奇妙な歌をうたいはじめました。ラプンツェルは泣きながらも、その歌を小耳にはさみ、ふっと素張らしい霊感に打たれました。ラプンツェルは、自分の美しい髪の毛を、二まき三まき左の手に捲きつけて、右の手に鋏《はさみ》を握りました。もう今では、ラプンツェルの美事な黄金の髪の毛は床にとどくほど長く伸びていたのです。じょきり、じょきり、惜しげも無く切って、それから髪の毛を結び合せ、長い一本の綱を作りました。それは太陽《ひ》のもとで最も美しい綱でした。窓の縁にその端を固く結《ゆわ》えて、自分はその美しい金《きん》の綱を伝って、するする下へ降りて行きました。
「ラプンツェル。」王子は小声で呟いて、ただ、うっとりと見惚《みと》れていました。
地上に降り立ったラプンツェルは、急に気弱くなって、何も言えず、ただそっと王子の手の上に、自分の白い手をかさねました。
「ラプンツェル、こんどは私が君を助ける番だ。いや一生、君を助けさせておくれ。」王子は、もはや二十歳です。とても、たのもしげに見えました。ラプンツェルは、幽《かす》かに笑って首肯《うなず》きました。
二人は、森を抜け出し、婆さんの気づかぬうちにと急ぎに急いで荒野を横切り、目出度く無事にお城にたどりつく事が出来たのです。お城では二人を、大喜びで迎えました。」
末弟が苦心の揚句《あげく》、やっとここまで書いて、それから、たいへん不機嫌になった。失敗である。これでは、何も物語の発端にならない。おしまいまで、自分ひとりで書いてしまった。またしても兄や、姉たちに笑われるのは火を見るよりも明らかである。末弟は、ひそかに苦慮した。もう、日が暮れて来た。よそへ遊びに出掛けた兄や、姉たちも、そろそろ帰宅した様子で、茶の間から大勢の陽気な笑い声が聞える。僕は孤独だ、と末弟は言い知れぬ寂寥の感に襲われた。その時、救い主があらわれた。祖母である。祖母は、さっきから勉強室にひとり閉じこもっている末弟を、可哀そうでならない。
「また、はじめたのかね。うまく書けたかい?」と言って、その時、祖母は末弟の勉強室にはいって来たのである。
「あっちへ行って!」末弟は不機嫌である。
「また、しくじったね。お前は、よく出来もしない癖に、こんな馬鹿げた競争にはいるからいけないよ。お見せ。」
「わかるもんか!」
「泣かなくてもいいじゃないか。馬鹿だね。
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