笑い出して、涙を手の甲で拭い、王子の目をも同様に拭いてやって、「さあ、今夜はあたしと一緒に、あたしの小さな動物のところに寝るんだよ。」と元気そうに言って隣りの寝室に案内しました。そこには、藁《わら》と毛布が敷いてありました。上を見ますと、梁《はり》や止り木に、およそ百羽ほどの鳩がとまっていました。みんな、眠っているように見えましたが、二人が近づくと、少しからだを動かしました。
「これは、みんな、あたしのだよ。」とラプンツェルは教えて、すばやく手近の一羽をつかまえ、足を持ってゆすぶりました。鳩は驚いて羽根をばたばたさせました。「キスしてやっておくれ!」とラプンツェルは鋭く叫んで、その鳩で王子の頬を打ちました。
「あっちの烏《からす》は、森のやくざ者だよ。」と部屋の隅の大きい竹籠を顎《あご》でしゃくって見せて、「十羽いるんだが、何しろみんな、やくざ者でね、ちゃんと竹籠に閉じこめて置かないと、すぐ飛んでいってしまうのだよ。それから、ここにいるのは、あたしの古い友達のベエだよ。」と言いながら一|疋《ぴき》の鹿を、角をつかんで部屋の隅から引きずり出して来ました。鹿の頸《くび》には銅の頸輪がはまっていて、それに鉄の太い鎖がつながれていました。「こいつも、しっかり鎖でつないで置かないと、あたし達のところから逃げ出してしまうのだよ。どうしてみんな、あたし達のところに、いつかないのだろう。どうでもいいや。あたしは毎晩、ナイフでもって、このベエの頸をくすぐってやるんだ。するとこいつは、とてもこわがって、じたばたするんだよ。」そう言いながらラプンツェルは壁の裂け目からぴかぴか光る長いナイフを取り出して、それでもって鹿の頸をなで廻しました。可哀そうに、鹿は、せつながって身をくねらせ、油汗を流しました。ラプンツェルは、その様を見て大声で笑いました。
「君は寝る時も、そのナイフを傍に置いとくのかね?」と王子は少しこわくなって、そっと聞いてみました。
「そうさ。いつだってナイフを抱いて寝るんだよ。」とラプンツェルは平気な顔で答えました。「何が起るかわからないもの。それはいいから、さあもう寝よう。お前が、どうしてこの森へ迷い込んだか、それをこれから聞かせておくれ。」ふたりは藁の上に並んで寝ました。王子は、きょう森へ迷い込むまでの事の次第を、どもりどもり申しました。
「お前は、その家来たちとわかれて、淋しいのかい?」
「淋しいさ。」
「お城へ帰りたいのかい?」
「ああ、帰りたいな。」
「そんな泣きべそをかく子は、いやだよ!」と言ってラプンツェルは急に跳ね起き、「それよりか、嬉しそうな顔をするのが本当じゃないか。ここに、パンが二つと、ハムが一つあるからね、途中でおなかがすいたら、食べるがいいや。何を愚図愚図しているんだね。」
 王子は、あまりの嬉しさに思わず飛び上りました。ラプンツェルは母さんのように落ちついて、
「ああ、この毛の長靴をおはき。お前にあげるよ。途中、寒いだろうからね。お前には寒い思いをさせやしないよ。これ、お婆さんの大きな指なし手袋さ。さあ、はめてごらん。ほら、手だけ見ると、まるであたしの汚いお婆さんそっくりだ。」
 王子は、感謝の涙を流しました。ラプンツェルは次に鹿を引きずり出し、その鎖をほどいてやって、
「ベエや、あたしは出来ればお前を、もっとナイフでくすぐってやりたいんだよ。とても面白いんだもの。でも、もう、どうだっていいや。お前を、逃がしてやるからね、この子をお城まで連れていっておくれ。この子は、お城へ帰りたいんだってさ。どうだって、いいや。うちのお婆さんより早く走れるのは、お前の他に無いんだからね。しっかり頼むよ。」
 王子は鹿の背に乗り、
「ありがとう、ラプンツェル。君を忘れやしないよ。」
「そんな事、どうだっていいや。ベエや、さあ、走れ! 背中のお客さまを振り落したら承知しないよ。」
「さようなら。」
「ああ、さようなら。」泣き出したのは、ラプンツェルのほうでした。
 鹿は闇の中を矢のように疾駆《しっく》しました。藪《やぶ》を飛び越え森を突き抜け一直線に湖水を渡り、狼《おおかみ》が吠え、烏が叫ぶ荒野を一目散、背後に、しゅっしゅっと花火の燃えて走るような音が聞えました。
「振り向いては、いけません。魔法使いのお婆さんが追い駆けているのです。」と鹿は走りながら教えました。「大丈夫です。私より早いものは、流れ星だけです。でも、あなたはラプンツェルの親切を忘れちゃいけませんよ。気象は強いけれども、淋しい子です。さあ、もうお城につきました。」
 王子は、夢みるような気持で、お城の門の前に立っていました。
 可哀そうなラプンツェル。魔法使いの婆さんは、こんどは怒ってしまったのです。大事な大事な獲物を逃がしてしまった。わがままにも程があります。と
前へ 次へ
全20ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング