かな、びっくり、心にも無い悠遠な事どものみを申し述べました。そもそも初枝女史は、実に筆者の実姉にあたり、かつまた、筆者のフランス語の教師なのでありますから、筆者は、つねにその御識見にそむかざるよう、鞠躬如《きっきゅうじょ》として、もっぱらお追従《ついしょう》に之《これ》努めなければなりませぬ。長幼、序ありとは言いながら、幼者たるもの、また、つらい哉。さて、ラプンツェルは、以上述べてまいりましたように、あきらめを知らぬ無智な女性でありますから、自分が、もはや、ひとから愛撫される資格を失ったと思うより早く、いっそ死にたいと願っています。生きる事は、王子に愛撫される一事だと思い込んでいる様子なので手がつけられません。
 けれども王子は、いまや懸命であります。人は苦しくなると、神においのりするものでありますが、もっと、ぎゅうぎゅう苦しくなると、悪魔にさえ狂乱の姿で取り縋《すが》りたくなるものです。王子は、いま、せっぱ詰まって、魔法使いの汚い老婆に、手を合せんばかりにして頼み込んでいるのであります。
「生かしてやってくれ!」と油汗を流して叫びました。悪魔に膝《ひざ》を屈して頼み込んでしまったのであります。しんから愛している人のいのちを取りとめる為には、自分のプライドも何も、全部捨て売りにしても悔いない王子さま。けなげでもあり、また純真可憐な王子さま。老婆は、にやりと笑いました。
「よろしい。ラプンツェルを、末永く生かして置いてあげましょう。わしのような顔になっても、お前さまは、やっぱりラプンツェルを今までどおりに可愛がってあげるのだね?」
 王子は、額の油汗を手のひらで乱暴に拭《ぬぐ》って、
「顔。私には、いまそんな事を考えている余裕がない。丈夫なラプンツェルを、いま一度見たいだけだ。ラプンツェルは、まだ若いのだ。若くて丈夫でさえあったら、どんな顔でも醜い筈は無い。さあ、早くラプンツェルを、もとのように丈夫にしてやっておくれ。」と、堂々と言ってのけたが、眼には涙が光っていました。美しいままで死なせるのが、本当の深い愛情なのかも知れぬ、けれども、ああ、死なせたくはない、ラプンツェルのいない世界は真暗闇だ、呪《のろ》われた宿命を背負っている女の子ほど可愛いものは無いのだ、生かして置きたい、生かして、いつまでも自分の傍にいさせたい、どんなに醜い顔になってもかまわぬ、私はラプンツェル
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