かなあ。」しきりに小説の筋書ばかり考えている。さとの必死の答弁も、一向に、役に立たなかった様子である。
 さとは大いにしょげて、こそこそとお膳を片附け、てれ隠しにわざと、おほほほと笑いながら、またお膳を捧げて部屋から逃げて出て、廊下を歩きながら、泣いてみたいと思ったが、べつに悲しくなかったので、こんどは心から笑ってしまった。
 母は、若い者の無心な淡泊《たんぱく》さに、そっとお礼を言いたいような気がしていた。自分の濁った狼狽振りを恥ずかしく思った。信頼していていいのだと思った。
「どう? 考えがまとまりましたか? おやすみになったままで、どんどん言ったらいい。お母さんが、筆記してあげますからね。」
 次男は、また仰向《あおむけ》に寝て蒲団を胸まで掛けて眼をつぶり、あれこれ考え、くるしんでいる態である。やがて、ひどくもったい振ったおごそかな声で、
「まとまったようです。お願い致します。」と言った。母は、ついふき出した。
 以下は、その日の、母子協力の口述筆記全文である。
 ――玉のような子が生れました。男の子でした。城中は喜びに沸《わ》きかえりました。けれども産後のラプンツェルは、日一日と衰弱しました。国中の名医が寄り集り、さまざまに手をつくしてみましたが愈々《いよいよ》はかなく、命のほども危く見えました。
「だから、だから、」ラプンツェルは、寝床の中で静かに涙を流しながら王子に言いました。「だから、あたしは、子供を産むのは、いやですと申し上げたじゃありませんか。あたしは魔法使いの娘ですから、自分の運命をぼんやり予感する事が出来るのです。あたしが子供を産むと、きっと何か、わるい事が起るような気がしてならなかった。あたしの予感は、いつでも必ず当ります。あたしが、いま死んで、それだけで、わざわいが済むといいのですけれど、なんだか、それだけでは済まないような恐ろしい予感もするのです。神さまというものが、あなたのお教え下さったように、もしいらっしゃるならば、あたしは、その神さまにお祈りしたい気持です。あたしたちは、きっと誰かに憎まれています。あたしたちは、ひどくいけない間違いをして来たのではないでしょうか。」
「そんな事は無い。そんな事は無い。」と王子は病床の枕もとを、うろうろ歩き廻って、矢鱈《やたら》に反対しましたが、内心は、途方にくれていたのです。男子誕生の喜びも束《つか
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