をたくらんだ。剽窃《ひょうせつ》である。これより他は、無いと思った。胸をどきどきさせて、アンデルセン童話集、グリム物語、ホオムズの冒険などを読み漁《あさ》った。あちこちから盗んで、どうやら、まとめた。
――むかし北の国の森の中に、おそろしい魔法使いの婆さんが住んでいました。実に、悪い醜い婆さんでありましたが、一人娘のラプンツェルにだけは優しく、毎日、金の櫛《くし》で髪をすいてやって可愛がっていました。ラプンツェルは、美しい子でした。そうして、たいへん活溌な子でした。十四になったら、もう、婆さんの言う事をきかなくなりました。婆さんを逆に時々、叱る事さえありました。それでも、婆さんはラプンツェルを可愛くてたまらないので、笑って負けていました。森の樹々が、木枯しに吹かれて一日一日、素肌をあらわし、魔法使いの家でも、そろそろ冬籠《ふゆごも》りの仕度に取りかかりはじめた頃、素張《すば》らしい獲物がこの魔法の森の中に迷い込みました。馬に乗った綺麗な王子が、たそがれの森の中に迷い込んで来たのです。それは、この国の十六歳の王子でした。狩に夢中になり、家来たちにはぐれてしまい、帰りの道を見失ってしまったのでした。王子の金《きん》の鎧《よろい》は、薄暗い森の中で松明《たいまつ》のように光っていました。婆さんは、これを見のがす筈は、ありません。風のように家を飛び出し、たちまち王子を、馬からひきずり落してしまいました。
「この坊ちゃんは、肥えているわい。この肌の白さは、どうじゃ。胡桃《くるみ》の実で肥やしたんじゃな!」と喉《のど》を鳴らして言いました。婆さんは長い剛《こわ》い髭《ひげ》を生やしていて、眉毛は目の上までかぶさっているのです。「まるで、ふとらした小羊そっくりじゃ。さて、味はどんなもんじゃろ。冬籠りには、こいつの塩漬けが一ばんいい。」とにたにた笑いながら短刀を引き抜き、王子の白い喉にねらいをつけた瞬間、
「あっ!」と婆さんは叫びました。婆さんは娘のラプンツェルに、耳を噛《か》まれてしまったからです。ラプンツェルは婆さんの背中に飛びついて、婆さんの左の耳朶《みみたぶ》を、いやというほど噛んで放さないのでした。
「ラプンツェルや、ゆるしておくれ。」と婆さんは、娘を可愛がって甘やかしていますから、ちっとも怒らず、無理に笑ってあやまりました。ラプンツェルは、婆さんの背中をゆすぶって、
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