折には、細君の発明力は、国家の運命を左右すると、いや冗談でなく、僕は信じているのです。そうそう、君の小説にもそんなのがあったね。僕はいまの人の小説はあまり読まない事にしているので、君の小説もたった一つしか拝見した事はないのだが、何でも、新型の飛行機を発明してそれに載って田圃に落ちたとかいう発明の苦心談、あれは面白かった。」
 私はやはり黙って首肯した。しかし、そんな小説を書いた覚えは、私にはさらに無かった。
「とにかく、日本もこれから、新しい発明をしなければ駄目ですよ。男も女も、力を合せて、新しい発明を心掛けるべき時だと思っています。じっさい、うちの細君などは、まあ僕の口から言うのはおかしいですけれど、その点は、感心なものです。何かと新しい創意工夫をするのです。おかげで僕なんかは、こんな時代でも衣食住に於いて何の不自由も感じないで暮して来ましたからね。物が足りない物が足りないと言って、闇の買いあさりに狂奔《きょうほん》している人たちは、要するに、工夫が足りないのです。研究心が無いのです。このお隣りの畳屋にも東京から疎開《そかい》して来ている家族がおりますけれども、そこの細君がこないだうちへやって来て、うちの細君と論戦しているのを私は陰で聞いて、いや、面白かったですよ。疎開人にはまた疎開人としての言いぶんがあるらしいんですね。その細君の言うには、田舎《いなか》のお百姓さんが純朴だとか何とか、とんでもない話だ、お百姓さんほど恐ろしいものは無い。純朴な田舎の人たちに都会の成金どもがやたらに札びらを切って見せて堕落させたなんて言うけれども、それは、あべこべでしょう。都会から疎開して来た人はたいてい焼け出されの組で、それはもう焼かれてみなければわからないもので、ずいぶんの損害を受けているのです。それがまあ多少のゆかりをたよって田舎へ逃げて来て、何も悪い事をして逃げて来たわけでもないのに肩身を狭くして、何事も忍び、少しずつでも再出発の準備をしようと思っているのに、田舎の人たちは薄情なものです。私たちだって、ただでものを食べさせていただこうとは思っていません、畑のお仕事でも何でも、うんと手伝わせてもらおうと思っているのに、そのお手伝いも迷惑、ただもう、ごくつぶし扱いにして相談にも何も乗ってくれないし、仕事がないからよけいも無い貯金をおろして、お手伝いも出来ぬひけめから、少し奮発してお礼に差出すと、それがまた気にいらないらしく、都会の成金どもが闇値段を吊《つ》り上げて田舎の平和を乱すなんておっしゃる。それでいてお金を絶対に取らないのかというと、どうしてどうして、どんなに差上げても多すぎるとは言わない。お金をずいぶん欲しがっているくせに、わざとぞんざいに扱ってみせて、こんなものは紙屑《かみくず》同然だとおっしゃる、罰《ばち》が当りますよ、どんなお札にだって菊の御紋が付いているんですよ、でもまあ、そうしてお金だけで事をすましてくれるお百姓さんはまだいいほうで、たいていは、お金とそれから品物を望みます。焼け出されのほとんど着のみ着のままの私たちに向って、お前さまのそのモンペでも、などと平気で言うお百姓さんもあるのですからね、ぞっとしますよ、そんなにまでして私たちからいろいろなものを取り上げながら、あいつらも今はお金のあるにまかせて、いい気になって札びらを切って寝食いをしているけれども、もうすぐお金も無くなるだろうし、そうなった時には一体どうする気だろう、あさはかなものだ、なんて私たちをいい笑い物にしているのです。私たちは以前あの人たちに何か悪い事でもして来たのでしょうか、どうして私たちにこんなに意地悪をするのです。田舎の人が純朴だの何だの、冗談じゃありません、とこうまあいったような事をお隣りに疎開して来ている細君が、うちの細君に向ってまくし立てたのです。これに対して、うちの細君はこういう答弁を与えました。それは結局、あなた自身に創意と工夫が無いからだ、いまさら誰をうらむわけにはいかない、東京が空襲で焼かれるだろうという事は、ずいぶん前からわかっていたのだから、焼かれる前に何かしらうまい工夫があって然《しか》るべきであった。たとえば今から五年前に都会の生活に見切りをつけて、田舎に根をおろした生活をはじめていたら、あまりお困りの事は無かった筈《はず》だ。愚図《ぐず》々々と都会生活の安逸にひたっていたのが失敗の基である、その点やはりあなたがたにも罪はある、それにまた、罹災《りさい》した人たちはよく、焼け出されの丸はだかだの、着のみ着のままだのと言うけれども、あれはまことに聞きぐるしい。同情の押売りのようにさえ聞える。政府はただちに罹災者に対してお見舞いを差上げている筈だし、公債や保険やらをも簡単にお金にかえてあげているようだ。それに、全く文字どおりの着の
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