その根元に於いて、相違って居るものである。厳酷、その奥底には、人間の本然《ほんねん》の、あたたかい思いやりで一ぱいであるのだが、冷酷は、ちゃちなガラスの器物の如きもので、ここには、いかなる花ひとつ、咲きいでず、まるで縁なきものである。
わがかなしみ
夜道を歩いていると、草むらの中で、かさと音がする。蝮蛇《まむし》の逃げる音。
文章について
文士というからには、文に巧みなるところなくては、かなうまい。佳き文章とは、「情|籠《こも》りて、詞《ことば》舒《の》び、心のままの誠《まこと》を歌い出でたる」態のものを指していう也《なり》。情籠りて云々は上田敏、若きころの文章である。
ふと思う
なんだ、みんな同じことを言っていやがる。
Y子
そのささやきには真摯《しんし》の響きがこもっていた。たった二度だけ。その余《よ》は、私を困らせた。
「私、なんだか、ばかなことを言っちゃったようね。」
「私にだって個性があるわよ。でも、あんなに言われたら黙っているよりほかに仕様がないじゃないの。」
言葉の奇妙
「舌もつれる。」「舌の根をふるわす。」「舌を巻く。」「舌そよぐ。」
まんざい
私のいう掛合いまんざいとは、たとえば、つぎの如きものを指して言うのである。
問。「君はいったい、誰に見せようとして、紅《べに》と鉄漿《かね》とをつけているのであるか。」
答。「みんな、様《さま》ゆえ。おまえゆえ。」
へらへら笑ってすまされる問答ではないのである。殴るのにさえ、手がよごれる。君の中にも!
わが神話
いんしゅう、いなばの小兎。毛をむしられて、海水に浸り、それを天日でかわかした。これは痛苦のはじまりである。
いんしゅう、いなばの小兎。淡水でからだを洗い、蒲《がま》の毛を敷きつめて、その中にふかふかと埋って寝た。これは、安楽のはじまりであろう。
最も日常茶飯事的なるもの
「おれは男性である。」この発見。かれは家人の「女性。」に気づいてから、はじめて、かれの「男性。」に気づいた。同棲《どうせい》、以来、七年目。
蟹《かに》について
阿部次郎のエッセイの中に、小さい蟹が自分のうちの台所で、横っ飛びに飛んだ。蟹も飛べるのか、そう思ったら、涙が出たという文章があっ
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