になる小説を書いたということにならないだろうか。
けれども、もう、いやだ。水が、音もなく這い、伸びている様を、いま、この目で、見てしまったから、もう、山師は、いやだ。お小説。百篇の傑作を書いたところで、それが、私に於いて、なんだというのだ。(約三時間。)私は眠っていたのではないのだよ。そうだ。おまえの言葉を借りて言えば、私は、思いにしずんでいたのである。
私は、枕草紙の、ペエジを繰る。「心ときめきするもの。――雀のこがひ。児《ちご》あそばする所の前わたりたる。よき薫物《たきもの》たきて一人|臥《ふ》したる。唐鏡《からのかがみ》の少しくらき見いでたる。云々。」私、自分の言葉を織ってみる。「目にはおぼろ、耳にもさだかならず、掌中に掬《きく》すれども、いつとはなしに指股のあひだよりこぼれ失せる様の、誰にも知られぬ秘めに秘めたる、むなしきもの。わざと三円の借銭をかへさざる。(われは貴族の子ゆへ。)ましろき女の裸身よこたはりたる。(生きものの、かなしみの象徴ゆへ。)わが面貌のたぐひなく、惜しくりりしく思はれたる。おまつり。」もう、よし。私が七つのときに、私の村の草競馬で優勝した得意満面の馬の
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