い狂う、あの無量無数の言葉の洪水が、今宵は、また、なんとしたことか、雪のまったく降りやんでしまった空のように、ただ、からっとしていて、私ひとりのこされ、いっそ石になりたいくらいの羞恥《しゅうち》の念でいたずらに輾転《てんてん》している。手も届かぬ遠くの空を飛んで居る水色の蝶を捕虫網で、やっとおさえて、二つ三つ、それはむなしい言葉であるのがわかっていながら、とにかく、掴《つか》んだ。
夜の言葉。
「ダンテ、――ボオドレエル、――私。その線がふとい鋼鉄の直線のように思われた。その他は誰もない。」「死して、なおすすむ。」「長生をするために生きて居る。」「蹉跌《さてつ》の美。」「Fact だけを言う。私が夜に戸外を歩きまわると、からだにわるいのが痛快にからだにこたえて、よくわかるのだ。竹のステッキ。(近所のものはムチと呼んでいるのを、おれは知って居る。)これがないと、散歩の興味、半減。かならず、電柱を突き、樹木の幹を殴《なぐ》りつけ、足もとの草を薙《な》ぎ倒す。すぐ漁師まち。もう寝しずまっている。朝はやいのだから。泥の海。下駄《げた》のまま海にはいる。歯がみをして居る。死ぬことだけを考えてる
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