山の物語に於ける兎は少女、さうしてあの惨めな敗北を喫する狸は、その兎の少女を恋してゐる醜男。これはもう疑ひを容れぬ儼然たる事実のやうに私には思はれる。これは甲州、富士五湖の一つの河口湖畔、いまの船津の裏山あたりで行はれた事件であるといふ。甲州の人情は、荒つぽい。そのせゐか、この物語も、他のお伽噺に較べて、いくぶん荒つぽく出来てゐる。だいいち、どうも、物語の発端からして酷だ。婆汁なんてのは、ひどい。お道化にも洒落にもなつてやしない。狸も、つまらない悪戯をしたものである。縁の下に婆さんの骨が散らばつてゐたなんて段に到ると、まさに陰惨の極度であつて、所謂児童読物としては、遺憾ながら発売禁止の憂目に遭はざるを得ないところであらう。現今発行せられてゐるカチカチ山の絵本は、それゆゑ、狸が婆さんに怪我をさせて逃げたなんて工合に、賢明にごまかしてゐるやうである。それはまあ、発売禁止も避けられるし、大いによろしい事であらうが、しかし、たつたそれだけの悪戯に対する懲罰としてはどうも、兎の仕打は、執拗すぎる。一撃のもとに倒すといふやうな颯爽たる仇討ちではない。生殺しにして、なぶつて、なぶつて、さうして最後は
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