ふわけのものだ。」ともつともらしい事を言つてごまかした。
「気取らなけれあ、いい人なんだが。」と亀は小声で言ひ、「いや、もう私は、何も言はん。私のこの甲羅の上に腰かけて下さい。」
浦島は呆れ、
「お前は、まあ、何を言ひ出すのです。私はそんな野蛮な事はきらひです。亀の甲羅に腰かけるなどは、それは狂態と言つてよからう。決して風流の仕草ではない。」
「どうだつていいぢやないか、そんな事は。こつちは、先日のお礼として、これから竜宮城へ御案内しようとしてゐるだけだ。さあ早く私の甲羅に乗つて下さい。」
「何、竜宮?」と言つて噴き出し、「おふざけでない。お前はお酒でも飲んで酔つてゐるのだらう。とんでもない事を言ひ出す。竜宮といふのは昔から、歌に詠まれ、また神仙譚として伝へられてゐますが、あれはこの世には無いもの、ね、わかりますか? あれは、古来、私たち風流人の美しい夢、あこがれ、と言つてもいいでせう。」上品すぎて、少しきざな口調になつた。
こんどは亀のはうで噴き出して、
「たまらねえ。風流の講釈は、あとでゆつくり伺ひますから、まあ、私の言ふ事を信じてとにかく私の甲羅に乗つて下さい。あなたはどうも
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